| ◆ ロシアのアネクドート ◆ | ||
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以前、ユダヤ人に関するアネクドートを紹介したが、チュクチ人が主役のアネクドートも数多くある。 チュクチ人は、ロシア北東のチュコト半島に居住する少数民族で、主に狩猟や漁によって暮らしている。彼らが無数のアネクドートの主役になったのは、彼らが無教養で愚かな民であると伝統的にみなされてきたからだ。では始めに、このようなアネクドート。 チュクチ人の息子が父に尋ねた。 ――パパ、一番バカなのは何民族? 父親が答えた。 ――だから何だ! その代わり私たちは射撃が上手いんだぞ! 父親が息子の質問の意味を、“私たちチュクチ人は本当に最もバカな民族なの?”と解釈したというユーモア。父親はその事実を認め、そして自分の民族の肯定的な部分を一つでもいいから見つけようとして、「チュクチ人は立派な猟人だ」と言ったのだ。 愚かなチュクチ人のアネクドートとして、次のものがある。 チュクチ人がモスクワの街でタクシーに乗っている。運転手(таксист)がなぞなぞを言った。 ――私の母の息子であって、私の兄弟ではないのはだれか? ――でもしかし(однако)、分からない。 ――私自身だよ! 帰宅したチュクチ人は自分の親戚に同じなぞなぞを言った。 ――私の母の息子であって、私の兄弟ではないのはだれか? ――分からない。 ――モスクワのタクシー運転手(таксиста)だ、でもしかし! ここでのチュクチ人は“小学校”レベルのなぞなぞが分かっていない。 加えて、チュクチ人の話すロシア語の特徴も指摘しておく必要がある。彼らにとってロシア語は母国語ではない。チュクチ人はしばしば格と性をごちゃごちゃにしてしまうので、例えば、“таксист(運転手)”という男性名詞を“таксиста”と女性名詞の形式で使ってしまう。これがロシア人にとってはとんでもなく滑稽に聞こえるのである。 またチュクチ人は話の中でしばしば“でも、しかし(однако)”という言葉を使うが、これは多くの場合まったく余分で何の意味もない言葉である。 |
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ソビエト―ロシア社会に広く浸透する「飲酒」は、最も人気のあるアネクドートのテーマの一つといえる。これらのアネクドートは、一般に労働者や農民といった、飲酒のない日々の生活など想像さえできない者たちの日常生活をリアルに描写している。 他方、アネクドートの酔っぱらいの主人公たちは、しらふの状態では想像もつかない滑稽かつ馬鹿馬鹿しい状況を作り出すことができる。酔った人間の論理はときに強いものがあるが、まずほとんど正しいことはない。 これらのアネクドートの主人公が、嘲笑と諷刺の対象というような否定的な人物と見られることはない。社会的、政治的、あるいは民族的批判などの不純物がない、まじりっけなしのユーモア――それが酔っぱらいのアネクドートなのだ。例えば次のアネクドート。 夜。パトロール中の警官が、街灯の柱の周りで這っている酔っぱらいを見つけた。近づいていって酔っぱらいに尋ねた。 ――おい、お前、何だって這っているんだ? ――はははははい、とととと時計を、なななななくしちまったんでぇ。どどどどどうにも、みみみ見つからねぇ……。 酔っぱらいはもぐもぐ低い声で言った。 ――どこでなくしたんだ? と、警官。 ――む、向こうの角だぁ……。 酔っぱらいは遠くの方を指差した。 ――向こうでなくしたのに、どうしてこっちで探しているんだ? ――こっちのほうが明るいからだぁ……。 なくした時計は、なくした場所よりも、明るい場所で探したほうがいいという酔っぱらい独特の理論である。 それでも、酔っぱらいのアネクドートにおいて、主人公の論理はしばしばまったく正常なことがある。強いアルコールの作用下におかれながらも、主人公は理性を保ち、自分のできることを正しく判断している。この場合聞き手は、登場人物が飲み過ぎてもうまともに歩けないような状態にもかかわらず、なおも自分自身を完全に理解しているという、理性と肉体のギャップに笑ってしまうのだ。この例に次のアネクドートがある。 酔っぱらいが道で警官を呼び止めた。 ――すすすすいません! え〜ええぇ駅には、どぅ、どぅ、どうやって行くんでしょう? ――まっすぐ歩いて行きなさい。 ――まっすぐ? てぇことは、オレにゃあ行けねぇなぁ! ここでの酔っぱらいの論理はまったく合理的である。彼は自分が酩酊状態にあり、きちんとまっすぐな線に沿って歩けないことを自覚している。 このようなアネクドートは、ロシア人ばかりをさしているのではないと思うが、いかがだろう? |
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先月に引き続き、ユダヤ人に関するアネクドートを紹介する。まずは次のアネクドートを。 革命後のロシア。夜、秘密警察(後のKGB)が金持ちのユダヤ人宝石商、ラビノヴィッチのドアを叩いた。 ――どちら様で? ――開けなさい、秘密警察だ! ――何のご用で? ――貴殿が金(gold)を持っているとの情報があります。貴殿はソビエト政府のためにそれを引き渡さねばなりません! ――はいはい、もちろんですとも! 120kgで足りますか? ――十分だ! 早くよこしなさい! ラビノヴィッチは寝ている妻にむかって叫んだ。 ――サラ、いとしい人(my gold)! 起きて着替えなさい。お前を連れに来たぞ! このアネクドートは、ロシア語の《золото(=gold)》の意味を逆手にとったものだ。貴金属の金、という意味のほかに、《золото》には恋人や妻、夫、赤ん坊への呼語の意味があり、《かわいい人》というようなやさしい表現になる。 秘密警察がラビノヴィッチのところに来たのは金が目的だった。しかしラビノヴィッチは本物の金をあわてて渡すことなく、その代わりに自分の妻サラ(体重120kg)を勧めたわけだ。ユダヤ人の欲深さと、自分自身の安全のためには身近な人間をも売り渡す用意があるところが笑えるのである。 ユダヤ人は実際、自分の平穏が何より大事な、欲深いエゴイストだと見られている。隣人や知人に興味はない。その上、自分が快適であるためには、だれかを不快にさせる用意がある。この例に次のようなアネクドートがある。 夜4時。アブラムはどうしても眠れずさかんに寝返りをうっている。妻のサラが聞いた。 ――何で寝ないの? ――オレは隣の住人から10ルーブル借りて、もうそれを使っちまった。今度はオレが返さなくちゃならん。それが惜しいんだ! サラは壁をノックした ――お隣さん、アブラムはあんたから10ルーブル借りたのかい? ――借りたともさ。 ――じゃあ、うちの人はあんたに金を返さないよ! 今度はアブラムにむかって ――さぁおやすみ、今度はお隣さんが苦しむ番だ。 妻は自分の夫が苦しんで眠れないのが気に入らなかったので、隣人を眠らせまいとした。隣人は自分の金のことを心配しイライラしてしまうだろう。 このように、不愉快だが頭の回転が早いユダヤ人は、アネクドートにおけるヒーローなのだ。 |
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帝政ロシア時代同様ソビエト時代にも、ユダヤ人の中には才能ある学者や作曲家、詩人が少なくなかった。ユダヤの血は、オシプ・マンデリシュタム、ヨシフ・ブロツキー、ヴラジーミル・ヴィソツキーといった有名なロシアの詩人にも流れている。 また一方では、これまでも、また現在も、ロシア人の間には強い反ユダヤ感情が残っている。特にそれが強くなったのは1917年の十月革命の後、つまりソビエト・ロシア政権に数えきれないほどのユダヤ人がやって来たときからである。例えば、レーニンは母方がユダヤ人だし、レフ・トロツキーやヤコフ・スヴェルドロフといった政治家は100%ユダヤ人である。 また今日、反ユダヤ主義が隆盛しているのは、政治権力を常に握っているのが、ボリス・ベレゾフスキーやヴラジーミル・グシンスキーといったやはり100%ユダヤ人の、最も金持ちであるロシアの事業家たちであるためだ。 そのためユダヤ人を嫌い、彼らを貧乏臭く醜く欲張りだと見るのは、一種のロシア人の伝統になっている。この例には、こんな短い会話がある。 ――失礼ですが、あなたはユダヤ人ですか? ――いえ、ただ今日はちょっと顔色が悪いだけです。 しかしユダヤ人はすぐれたユーモア感覚を持っている。そのためユダヤ人が一斉に笑うようなアネクドートが山程ある。 この続きは来月号で。 |
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軍隊や軍人についてのアネクドートは、アネクドート文化におけるきわめて重要な層をなすものだ。これらのアネクドートは、ソ連邦時代に生まれ、兵士、とりわけ将校が、非常にバカで無学な連中であったという事情が中核となっている。 しかし、指揮的立場のゆえ、将校は命令と指示を与えなければならない。彼らの指示は、はなはだ滑稽に響くことになる。例えばこのようなアネクドート。 兵士が将校に質問している。 ――同志上級中尉どの! 夜、テレビを見てもよろしいでありますか? ――見てもよろしい。しかしつけてはいかん! 将校どのは兵士の願いが、物質的対象としてテレビを見たいのだと理解してしまっている。 つまり将校は兵士に、それがどのような色・サイズであるか等々を見るという意味でテレビを見ることは許可するが、電源を入れて番組を見ることは許可しないのである。 《戦争系》アネクドートは、将校のバカぶりや、彼らが軍事規約やマニュアル抜きにすると、一人で何も判断できないことを笑いものにした作品がほとんどだ。こういったアネクドートの一般的シチュエーションは、兵士による当たり前かつ普通の質問と、将校からのバカながら軍事規約にのっとった回答との組み合わせである。この例に次のアネクドートを。 落下傘部隊の若い新兵が、初めてのパラシュートによる降下を前に、隊長に歩み寄った。 ――同志隊長どの! 質問させていただきます! もしパラシュートが開かなかったらどうすればよろしいのですか? ――メインパラシュートがもし開かなければ、予備パラシュートを開きたまえ。 ――ではもし予備パラシュートが開かなかったら? ――そのときは私のところへ来たまえ。新しい一式を支給する。 将校どのは機械的に、不良な一式を良品へ交換する旨のマニュアルを繰り返している。お取り替えができるのは当然地面の上だけのこと。それを判断できない将校が存在し得るわけだ。まぁ、アネクドートの世界だけとは限らないが……。 |
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近年ますます多くのロシア人が海外へ出かけている。出張で行く人もいれば、旅行者として行く人もいる。当然、ホテル、レストラン、その他公共の場所でのロシア人は、たとえ簡単な知識であっても英語を求められることになる。 外国に行くのは基本的に《新ロシア人》で、金はたくさん持っているが、いかんせん教育の程はよろしくないので、英語はとてもヘタだ。この例に次のアネクドートがある。 新ロシア人が英国にやって来てホテルに滞在し、メイドに注文をした。 ――トゥーチートゥートゥートゥー! メイドは理解できず絶望して、ロシア人を受け入れたことのある支配人のもとへ走った。支配人は落ち着いて答えた。 ――《22号室にお茶をふたつ》だ。 このアネクドートのネタは、ロシア人客のヘタな英語である。言葉通りだと彼が言っているのは《Two tea to two―two》で、言いたかったのは《Two teas to the room 22, please》、つまり自分のいる22号室にお茶を2杯注文しているわけだ。 彼の英語のフレーズ《Ту ти ту ту ту!(トゥーチートゥートゥートゥー)》は、ロシア語ではおかしな感じがするのだ。というのも、ロシア語の間投詞《Ту!(トゥ)》は普通、機関車や汽船の汽笛をまねるときに使われ、その際には《Ту(トゥ)》は2〜3回《ту―ту!(トゥートゥー)》というように繰り返すものである。その上、《ту―ту!》は、口語のロシア語で、何かやだれかが急に消えることに対する皮肉や嘲笑を表すときに使われるものでもある。 例えば《Я толъко вчера полчи зарпл ату,а сегодня все денежки уже ТУ−ТУ!》、(昨日、給料もらったばっかりなのに、今日はもう全部ту−туだ!)というのは、《今日はもう金は残っていない――みんな使ってなくなってしまった》という意味になる。あるいはまた《―А где Петя?/―Петя ту―ту!》(ペーチャはどこ?/ペーチャはту−ту!) と言うと、ペーチャはもう出かけてしまっていない、ということになる。 |
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ロシア人はアネクドートが大好きです。アネクドートの理解なくしてロシア人のユーモア、ロシア人の心理を完全に理解することは不可能でしょう。アネクドートを正しく理解できるようになるのは難しく、それには学習が必要です。そこで、ご一緒に試みてみようではありませんか! ロシア人は普段、すぐにいくつかのアネクドートを織りまぜながら会話をしますが、こういったアネクドートの組み合わせのことは、食堂やレストランのように「○○セット」というように呼んでいます。というのも、実際ロシア人にとってアネクドートは「ごちそう」ですから……。 では、ご賞味あれ。 * ここ10年の間の英語からロシア語への外来語量は、著しい増加を見せている。主として、新しい技術機器(自動車やコンピューター等)に関連する言葉がロシア語に入ってきている。もちろん、全部の英語の言葉が機械的にロシア語に移ってくるわけではなく、単にロシア文字で書き表されるだけである(こういう言葉は実際多いのだが。例:Компъютер(カンピューテル)「コンピューター」、Принтер(プリーンテル)「プリンター」等々)。また、ある種の専門用語などはロシア語に翻訳されており、その例としてパソコン備品のマウス《mouse》は、ロシア語では動物と同じ《мышъ》(ネズミ)と呼ばれている。これに関連したアネクドートがある。 2人のホームレスが新アルバート通りのパソコン・ショップのショーウインドーのそばに立っている。驚きの目でガラスごしの商品を眺めていたかと思うと、一人が憤慨して言った。 ――見ろ! 新ロシア人にもここまでバカが出たとは! ネズミ用のマットなんぞ思いつきやがったぞ。 このアネクドートの基本はまさに、英語の《mouse pad》のロシア語訳――коврика-подкладка для компъютерной мышй(パソコンのマウス用下敷きマット)――が、多くの一般ロシア人には知られていないということにある。ホームレスは、《新ロシア人》が金がたくさんありすぎて、使いみちがもう分からなくなり、とうとうその辺のネズミのためにまで、ペットの犬や猫にするような快適専用マットを売り出し始めたと考えたのである(ロシアでは、ペットの犬や猫はマットの上で寝る)。 |
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