崩壊した壮大なる実験
共産主義ソ連の解体後、20世紀末で満8年を迎える。1991(平成3)年12月8日、突如として、ソ連の消滅と独立国家共同体の創設が宣言された。それは、スラブ3首脳(エリツィン・ロシア大統領、クラフチュク・ウクライナ大統領、シュシケビッチ・ベラルーシ最高会議議長)の「ベロベーシの森の密約」による無謀な宮廷・無血クーデターであり、ソ連大統領ゴルバチョフを失墜させるための性急な反ゴルバチョフ革命であった。
ゴルバチョフの外交政策担当補佐官A.チェルニャーエフはその著書『ゴルバチョフとの6年』の中で、次のように述べている。
法治国家への提起
「ゴルバチョフは、いまだかつて存在した中で最強の、スターリン主義的・共産主義的原則に立脚した全体主義体制を破壊した。数億の国民に、上から押し付けられる図式とドグマなしで、自ら、自分たちの生活を整備し、発展の道を選択する自由を与えた。地球上の陸地の6分の一に住む国民に民主主義、法治国家、市場経済、人権、言論と信教の自由など、全人類的価値の承認に立脚して、現代文明の共通の方向へ向かう可能性を与えた」
ゴルバチョフの歴史的偉業を、エリツィンが引き継いだときから、ロシアの悲劇が幕をあげ、終演することなく続けられている。
ゴルバチョフによる法治国家への提起は、ロシアにおける憲法や民法をはじめとする実定法体系の改編と共に、「法とは何か」という根本的な問題レベルを含めた法理論の再構築を求めるものであったはずである。1993(平成5)年12月12日に制定された新憲法は制定過程で如実に露呈されたように、さまざまな不安定要因の中で誕生をみたのである。つまり、それは、地固めされない民主主義から地固めされない権威主義への移行が行われただけのことであった。民主的諸制度を強固にし、社会諸階層による社会的合意への到達が不成功に終わった証左でもあった。
現実のロシアは
ロシアでは伝統的に法治国家、権力分立の原則が確立されていない。すなわち、権力は万能で、法律を制定する最高権力は法律よりも上位にあるとみなされてきたし、現在でも、その傾向が根強く残っている。すでに「大統領令」はロシア国民の多くの中で、「単なる法律」よりも上位にあるものとして理解されている。
ロシアでは、一般市民が自主的に制定すると共に、それに拘束される市民社会の内的秩序を定める法(民法、商法など)およびその上に成立する自由と権利の思想は発展してこなかった。つまり、刑法が国家秩序を維持するための権力の道具として、法体系の中心的地位を占めてきたのである。
独裁国家から民主主義国家への道に足を踏み入れてから、ロシアはいまだ8年である。市場経済化と共に、転換期ロシアにおける法改革も、流れるように進む訳がない。ロシア国民の一人一人が、法の外に自由の領域が存在することを、積極的に意識しない限り、権力に従属することこそが「真の自由」であるというロシア特有の伝統から、脱却することは当分、望めそうにない。
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