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「ロシア極東情報」
2000年12月号
変革を望む将軍
〜プリコフスキー・極東管区全権代表

HIT情報企画部

管区全権代表の設置

 ロシア連邦が全土を7管区に分けて全権代表を置くようになったのはわずか数カ月前のことだが、ロシア国民はこれを従前からのシステムのように受け入れている。この連邦管区はプーチン大統領が中央集権化と地方首長の覇権制限を目的として設置したものである。そして極東管区はモスクワから物理的にも遠く、また中央政府の管理の目が行き届かない地域である。この極東管区に含まれるのはサハ共和国、アムール州、サハリン州、マガダン州、カムチャットカ州等の他、沿海地方、ハバロフスク地方である。ロシア大統領全権代表はハバロフスク地方に今年8月末から赴任している。代表の名はコンスタンチン・プリコフスキー。第一次チェチェン紛争(93〜95年)の指揮官として活躍した軍のエリートである。この将軍は一体ロシア極東で何をしようとしているのか。

中央集権の確保

 プリコフスキー極東管区全権代表は7名の管区代表の中でも、ロシア政府にとって最も重要な人物であるといえる。プーチン大統領は地方自治体首長の権益を制限、コントロールできる手腕がロシア極東地域において早急に必要であると強く認識していた。ナズドラチェンコ沿海地方知事やファルフトジノフ・サハリン州知事などのロシア極東には地域に強い影響力を有する首長が少なくない。この管区という組織は文民的機関であるが、プリコフスキー率いる極東管区に限っては軍組織の趣がある。例えば、彼の取り巻きは退役した軍エリートで占められている。そしてその全員がクバン川地域(北カフカス)においてプリコフスキーとともにプーチン選対として大統領選挙選を戦った。
 極東管区第一副代表であるビクトル・トレグボフは4本の博士論文を発表しているが、その2つが軍事関係のものである。プリコフスキーの事務局長を務めるエフゲニー・アバクミャンツは31才で連隊を率いた軍関係者では知られた人物である。また、広報担当のロマン・ソコロフスキーは軍の報道担当を勤めたこともある有名な政治評論家であり、一方組織部長のアレクサンドル・ドロズドフは元陸軍大佐である。とくにドロズドフはプリコフスキーに心酔しており、たびたび将軍と同じネクタイやシャツを身につけている。そしてこのグループは強固な連帯関係のもと、常に臨戦体制にある。
 プリコフスキーは歴史上尊敬する人物として、ニコライ・ムラヴィエフ・アムールスキー極東総督(1842〜1864)をあげている。ムラヴィエフ総督はロシア帝国の太守とし極東地域に赴任し、アムール川に沿った中ロ国境を確定した。これによってロシアは中国から広大な領土を手にしたのである。プリコフスキーは第二のムラヴィエフを夢見ている。異なるのが仕えるのがロシア帝国ではなく、プーチン政権ということだけである。プリコフスキーは連邦法と地方法との矛盾を明言する事によって地方首長の権限を抑えようとしている。これがこの2カ月、管区代表の任務として目に見えた唯一の成果である。プリコフスキーは沿海地方の恒常的エネルギー危機を止めることもできなければ、太平洋海域における密漁を減らすこともできない。しかしながら、プリコフスキーは書面上で各地方行政主体との戦いを続けており、その結果これまでに連邦法に相反する地方法の数をそれまでの半分の500程度までに減らした。

地方首長の真意

 現在のところ、各首長たちはプリコフスキーの活動に賛同を表明している。しかしながら、実際は首長たちの誰もがこの将軍に反感を持っていることを感じ取るのは難しくない。例えば今年9月、ピリコフスキー代表とイシャーエフ・ハバロフスク地方知事が空路同乗した。二人はともに第1列に陣取ったものの、左右両端に分かれて座り、お互い顔を向ける事もなかった。
 プリコフスキーは極東におけるプーチンに派遣された大統領の全権代行である。大統領は各首長たちにおいて誰がロシアの統治者であるのかを印象づけるために管区代表を設置した。現在のところ、プリコフスキーは政治的場面での存在感は薄く、大統領の"目"に過ぎない。だがこれまでは、極東はロシア政府にとって全く目も届かないところであったのである。

(2000年11月3日)

 

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